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| 「デザイナー」と聞けば、多くの人がファッションデザイナーを思い浮かべる。モノをデザインする職種の代表選手だ。服をつくるには、カッコいい、ステキといった感性、着心地がいい、動きやすいといった機能性、さらに、着る人に似合っている、自分らしさを表現できるといった個性も要求される。服ができるまでには地道な作業もあり、決して楽ではないが、商品として売れて、着た人に喜んでもらえるときに、最高のやりがいがある。 |
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| ■Q1
現在の仕事を教えてください。 |
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服をつくることを生業(なりわい)としています。どこの会社にも属していません。個人事業主です。服の企画・デザインだけでなく、自分でパターン(型紙)に起こします。サンプルも大半は自分で縫います。特殊なミシンが必要な場合はできないので、縫製工場の人に説明してつくってもらいます。布やボタンといった素材を仕入れ、工場に量産を依頼し、仕上がった服にタグをつけて梱包して発送する作業も、すごく忙しい時は友達に手伝いに来てもらいますが、基本的に一人でやります。セレクトショップなどのお店に服を置いてもらうように営業するのも自分ですが、口下手なので、電話をかける前には緊張します。経理や事務、多くはありませんが、マスコミ対応のアタッシェ・ドゥ・プレスの仕事もあります。
自分のブランドは、「naught」といいます。「何もない」とか「無」という意味の英語です。ブランド名という先入観に囚われて選んでほしくないので、何も名前をつけたくなかったけれど、そういうわけにもいかないので、あえてつけました。見た目は決して派手でなく、人が着て初めて輝き、魅力を発揮するような服でありたい。日本古来の「わび、さび」の精神に通じる余白のある服というか……飾り気ないものをつくりたいですね。
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| ■Q2 自分のデザインに対するこだわりは? |
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洋服全体のシルエットとディティール(細かい部分)のバランスにこだわっています。時々エッシャーのだまし絵やマグリットのシュルレアリスム的のような、錯覚的なものも利用します。着たときにシルエットが美しくて、着心地がいい。そんな服を目指しています。
シャツひとつでも存在感があるようにしたい。「シルエットがキレイだ」と言ってもらえると、うれしいですね。
服が良く見えるかどうかではなく、着てくれた人が良く見えるようなものがつくりたいですね。そういう意味では服のシルエットというより、着た人のシルエット言いかえればスタイルが、キレイに見える事を考えます。 |
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| ■Q3
ファッションデザイナーになろうと思ったきっかけは? |
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高校時代、音楽とサッカー・バスケットが大好きだったけれど、プロとしてプレーしている姿は、全くイメージできませんでした。大学受験はうまくいかなくて、浪人しました。将来、何をしたらいいかわからなかったから、受験勉強には全然、身が入らなかった。映画を見たり、好きな音楽を聞いて遊んでいました。そんな生活を続けるわけにもいかず、靴をつくりたいと思い、靴の工場に就職しましたが、どうしてもトータルでファッションをやりたくなりました。
あるときテレビでパリコレのショーを見て、「これだ!」と思いました。ラフ・シモンズという当時は新人だったデザイナーのシンプルな服ですが、彼が自分の好きなもの――パンクロックとスクールボーイのイメージを通して、永遠の少年性のようなものを表現しているのだとわかりました。洋服って、1つのメディアとして成立するのだなあと思いました。ふだんの生活の中で着られて→るツールであり、何かを表現できるメディアとしての服を作りたくなりました。美術と音楽は様々なジャンルに興味があり、何かを表現したいという気持ちが自分の中にあったのでしょう。
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| ■Q4
独立するまでのいきさつを教えてください。 |
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靴工場で働いて貯めたお金で、専門学校の夜間部に入りました。22歳になっていました。学校を選ぶにあたって、いくつか見学させてもらいましたが、中でも機材が揃っていて図書館が充実していた文化服装学院に一番の可能性を感じました。講師の先生方については受け持って頂く方が、どの先生になるか分かりませんので、設備や環境で選びました。実際に通ってみて、良い先生方に教えて頂きました。
いろいろな価値観をもつ学生が集まってきていて、ときにはぶつかり合ったり、波長が合ったり、いい経験になりました。「naught」の商品カタログは、学校つながりで知り合った人たちにモデルや撮影、ヘアメイク、アートディレクションを頼んでつくりました。
入学前から独立を目指していました。卒業した後の1年間は、実際にブランドを作って事業として成り立たせるために必要な情報を収集する期間にあてて、2004年の3月に「naught」を立ち上げました。もちろん不安もありましたが、一度挑戦してみてダメならどこかに就職すればいいかなと。世界の中には、やりたいことをやれない人や、生きるだけで精一杯の人がいるのに、自分の周りにはモノも情報もあふれている。だったら、やるしかない。やりたいことが明確だったから、のめり込めたのです。 |
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| ■Q5
この仕事の大変さとやりがいは? |
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| 何もかも自分でやらなきゃいけないので大変ですが、楽なことと楽しいことは同じじゃないと思います。大変だった事の一つが、「naught」というブランドを成立させるために必要な、商標登録の手続きです。お金を払って専門の弁理士さんに代行してもらえば簡単ですが、僕は自分で手続き方法を調べ、特許庁に出向いて出願しましたが、一度は却下されました。僕のケースの場合、判定を覆すのはプロの弁理士でも難しいと言われながら、発明協会の無料相談会に行ったり、特許庁の過去のデータベースを調べたりして自分で意見書を作り、どうにか認めてもらえたのです。一見、無理そうでも、やればできるものだなあと思いました。やらずに諦めるよりは、とりあえず、やってみる事が大切ではないでしょうか。 |
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| ■Q6
ファッションデザイナーの仕事をめざす人に、ひとこと |
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まずは、モノづくりが好きであることが第1の条件。最初は模倣でもいいから、とにかくつくってみる。ただ、モノマネだけではオリジナルはつくれないから、洋服に限らず、音楽を聴いたり、映画や舞台・ダンス・スポーツを観たり、絵画・写真・彫刻・陶芸を鑑賞したり、プロダクト・アーキテクト・ランドスケープなども含め様々な分野の感覚、考え方、方法論に触れていくと良いと思います。旅に出るのも良いでしょう。日本に限らず世界には様々な政治・経済・宗教・自然が存在します。その中から、自分独自のものが、まとまってくると思います。
例えばグランジロックのガサつき歪んだ音の感じはユトリロや佐伯祐三の絵のタッチや色使いにどこかしら通じるものがあるなと思い。違うけど似ているのはなぜだろう。そんなことを考えていると、自分の中で形や色が浮かんできます。
無から有は、つくれない。インプットがあるから、アウトプットがある。誰かに何かを伝えようと思ったら、それ以上に誰かの話をよく聴き、受け入れることから始めないと。全面的にイエスじゃなくてもいいから、まずは自分の中に受け入れる。やがて消えてしまうかもしれないけれど、いつか何かのタイミングで新しいことが始まるきっかけになるかもしれません。
始めたら、期限を決めて続けること。いつまでにやらなければという焦燥感があるから、カタチになる。ダラダラ惰性でやるんだったら、一度止めて、新しいことをやり直したほうがいい。挫折しても、また始めることが大切なんだと思います。
一人ではつくれません。少なくとも自分は、周りの方々のお陰でつくれてます。つくるのも人なら、着るのも人です。この職業に限った事ではありませんが、人としっかりコミュニケーションをとる事が、一番大切ではないでしょうか。 |
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文化服装学院
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田渕 亮さん
ファッションビジネス科
2年 |
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「早く社会に出たい」と思っていたので、実践的な技術や知識を身につけられる専門学校を選びました。卒業後は(株)ワイズに就職がきまり、職種の基礎となる販売としてキャリアを積みながら、自分の可能性を探っていきたいです。 |
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